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事業承継・M&A(Ⅱ)-M&Aアドバイザリーと仲介会社
昨今、中小企業の間でも、M&Aが頻繁に行われるようになりました。事業承継で跡継ぎのいない場合、起業で成功した経営者がより大きくするためには、自分以外の誰かに経営を任せたいと思った時などに、用いられます。その際にアドバイザリーとか仲介会社が介在し、取引をまとめるのを手伝ってくれます。アドバイザリーと仲介会社の役割、利用のメリット・デメリットを見ていきましょう。
目次
1. M&Aアドバイザリーの役割と目的
M&Aを行う場合、専門家を介さずに売手・買手だけで完了させることも不可能ではありませんが、その過程では法務、財務、ビジネス、業界などの幅広い専門知識が求められる上、自社に不利にならないように契約を進める交渉力も必要となります。そうした時に専門的なアドバイスを提供してくれて、契約の取りまとめ役を担ってくれるのがM&Aアドバイザリーであり、M&A仲介会社です。
仲介会社は売手と買手の間に立って双方と契約を結び、アドバイザリーは売手・買手のいずれか一方と契約を結ぶ点で異なります。
アドバイザリーの目的は、端的に言うと「顧客利益の最大化」です。アドバイザリーでは売手か買手のいずれかをクライアントとして契約を締結しますから、クライアントの代理人として、クライアントの売却利益、又は、買収利益が最大化するよう相手企業との交渉にあたることになります。
こうしたアドバイザリーとなるのは、証券会社や銀行の担当者であることが多く、M&A業務全般を担当していきます。彼らはコンサルティング支援からM&Aの進捗管理、条件交渉、デューディリジェンスの実施、弁護士や会計士との調整、クロージングまで、M&Aに関する幅広い支援と助言を行っていきます
財務アドバイザー以外にも、法務担当者のサポートとして、法務デューディリジェンスをはじめとした法務分野の支援を行う法務アドバイザーや、会計・税務分野のサポートを行う税務アドバイザーがいます。法務アドバイザーは弁護士、税務アドバイザーは税理士が担当することが一般的ですが、いずれにしてもM&Aアドバイザリーには、財務、税務、法務、経営、ビジネス、業界、M&A特有のノウハウなど、多様な知識と豊富な経験が求められると同時に、高いコミュニケーション能力も必要とされます。
① M&Aアドバイザーの業務内容
アドバイザリー形式の場合は、売手と買手のそれぞれに異なるM&Aアドバイザーが着任し、それぞれの立場で企業に一連のアドバイスを行いますが、ここでは売手側におけるM&Aアドバイザリーの業務内容を紹介します。
まずは、M&Aを活用して何を実現させるのか、どのように会社を成長させるのかといったM&Aの戦略立案を行います。あくまでM&Aは経営戦略の選択肢の一つ。企業が将来目指す方向性によっては、M&Aを行うことが必ずしも正しいとは言えません。ときには不採算事業を見直し自社内で経営改善を図る、親族内に会社を承継するといったアプローチが正しいケースもあります。
次に行うのが、買手企業が実施する予定のデューディリジェンス(バイサイドDD)に先立ち、売手企業が独自にデューディリジェンス(セルサイドDD)を行うことで価値を算出し、自社の強みや弱みを見出して対策を考えます。強みは買手に対するアピール材料になります。一方で弱みは改善できるようであれば改善し、改善できないものであれば切り離して売却し企業価値の向上を目指すといった提案を行います。
デューディリジェンスを終えたら、買手探し(M&A案件の発掘)を行います。買手候補になり得る会社を網羅的に集めた「ロングリスト」を作成し、ここからシナジー効果や親和性の高い買手候補を絞り込んだ「ショートリスト」を作成するという流れです。その際、これまでのM&Aの実績や業界のポジショニング、企業理念、ビジョン、戦略などを踏まえて各社ごとに分析し買手候補を1社に絞り込みます。
買手候補を1社に絞り込んだら売却手続きの実行へと進んでいきます。売手・買手の経営者によるトップ面談を行い、双方が合意すれば意向表明、基本合意契約を取り交わします。その後、デューディリジェンスやバリュエーションなどのステップへ進み、最終条件交渉を経て、特に問題なく話し合いや調整が進めば最終契約を取り交わし、クロージングへと進みます。
クロージング後には、PMI(M&A後の統合プロセス)のステージへと進みます。買手企業の要望によっては、統合後の計画の策定から統合プログラムの整備と運営、意識改革などもサポートします。
② M&Aアドバイザリーの重要性
M&Aアドバイザリーの支援を受けずにM&Aを行うことは不可能ではありませんが、M&Aを行うには法務、税務、財務、ビジネスなど、様々な知識が必要になるため、経験豊富なM&Aアドバイザーに頼む方がよいでしょう。
相手企業との交渉においては、譲渡額が減額されたり、不利な条件を飲まされたりする可能性があり、デューディリジェンスにおいては、多数の資料の提出や質問対応に追われることになるので、経験豊富なアドバイザリーの助けが必要です。情報漏洩のリスクも発生しますので、秘密保持契約を結んで、自社の情報を抜き取られたり、その情報が取引先にまで漏洩することがないように対応する必要もあります。
2. M&Aアドバイザリーに支払う手数料、費用
M&Aアドバイザーへ支払う報酬は、一般的に「レーマン方式」によって算出されるケースがほとんどです。レーマン方式とは、M&A取引における成功報酬の体型の一つで、取引額に応じて、報酬料率が逓減する仕組みになっています。取引金額が5億円まではその5%、それを上回る部分については段階的にレートが下がっていくようになっています。
ただし、依頼する会社によって成功報酬額が変わることがあります。これは、レーマン方式の割合が異なるわけではなく、「取引額」の算出基準が異なるためです。一般的には、「譲渡価格」を取引額と見なしますが、会社によっては「総資産(株式価格+負債総額)」の場合もあれば、「企業価値(株式価格+有利子負債)」を取引額とする場合もあります。
会社によっては、着手金や中間金が発生する場合も。さらに、上記の成功報酬以外に、事業再生や内部管理体制などのコンサルティングを行う場合は、必要に応じてコンサルティング費用が発生するケースがあります。
3. M&A仲介会社
M&Aにおける仲介会社は、同一のM&Aアドバイザーが売手と買手の間に立って交渉の仲介を行い、M&Aの成立に向けて助言を行います。具体的には、売手と買手間におけるマッチングと交渉の仲介を行い、中立的な立場で売手と買手の相互利益の成就を目指すのがM&A仲介会社の役割です。利害が対立する売手と買手の間に入り、双方とコミュニケーションを行うことができるため、比較的成約までの期間が短く、成約する確率が高くなると言われています。日本の中小企業のM&Aにおいては、仲介で進めるケースがほとんどです。
M&A仲介会社は、案件発掘からクロージングまでM&Aの一連の流れをサポートするものの、一般的にコンサルティング機能は提供していません。最近では、インターネットを利用してマッチング機能のみを提供し、具体的な交渉は利用企業の経営者同士で進めるタイプのマッチングサービスを提供している会社もあります。
4. M&AアドバイザリーとM&A仲介会社の違い
アドバイザリー形式は、売手企業または買手企業のどちらか一方の支援を行うため、1つのM&A案件で両社を同時に支援することはありません。一方、仲介形式は両社の間に立ち、双方の利益の落とし所を探る、いわば調整役を担う存在で、売手と買手の両社を支援することになります。
M&Aアドバイザリーを利用するメリットは「利益の最大化」に尽きます。アドバイザリーは、売手側の支援に回るので、譲渡価格やその他の条件面について買手と交渉を行い、売手の利益(売却価格)を最大化するために努力します。
このように、M&Aアドバイザリー形式にすることで、条件面の改善やスムーズなM&A実行が期待できるというメリットがありますが、売手と買手の利益が対立することになるため、交渉がまとまりにくく、成約するまでに時間がかかりがちというデメリットもあります。
仲介形式を利用するメリットは、アドバイザリー形式と比べて、交渉がまとまりやすいという点です。ただし、両社の妥協点を見出して、取引価格やその他の条件を決めることになるため、必ずしも利益が最大化するわけではありません。残念ながら、M&A仲介会社にとって買手はリピーターになる可能性があるため、残念ながら買手寄りの調整を行うM&A仲介会社も存在します。ですから、仲介会社の提示する「落とし所」が経営者の利益と反していないかを確認する必要があるでしょう。
では、M&Aアドバイザリーを利用したほうがいいケースとM&A仲介会社を利用したほうがいいケースは、どのような場合でしょうか。
① 上場企業同士
上場企業のように経営と所有が分離している場合、つまり経営者と株主が異なる会社の場合は、M&A仲介会社を利用すると相互の妥協点を見つけて譲渡価格が決まるため、株主にとって不利益になる可能性がありますので、M&Aアドバイザリー会社を利用するべき。
② 中小企業同士
中小企業同士のM&Aの場合、経営と所有は一体化しているケースが多いため、上記のような問題は発生しません。従って、M&A仲介会社でよい。
③ 中小企業と上場企業のM&A
買手が大手上場企業の場合は、M&Aに慣れていない中小企業の要望が通りにくく、思いのほか不利な条件を飲まされることもあるので、売手企業はM&Aアドバイザリーの協力を仰ぐべき。
5. アドバイザリー、仲介会社の探し方、探すポイント
M&Aの専門家を探す方法としては、インターネットで探したり、付き合いのある金融機関や証券会社やコンサル会社などに直接相談したりすることが考えられますが、いきなりコールドコールをするよりも、まずは顧問契約をしている税理士、弁護士からの紹介を受けてみるのはよいのではないかと思います。そして、紹介を受けるにあたって、選定のポイント、アドバイザリーとの付き合いをする上で気を付けるべきポイントなどについてもアドバイスを受けておくとスムーズに選定が進んでいくのではないでしょうか。
監修者
植田 統
1981年、東京大学法学部卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。
ダートマス大学MBAコース留学後、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンで経営戦略コンサルティングを担当。
野村アセットマネジメントで資産運用業務を経験し、投資信託協会で専門委員会委員長を歴任。
レクシスネクシス・ジャパン株式会社の社長を務め、経営計画立案・実行、人材マネジメント、取引先開拓を行う。
アリックスパートナーズでライブドア、JAL等の再生案件、一部上場企業の粉飾決算事件等を担当。
2010年弁護士登録後、南青山M's法律会計事務所に参画。2014年に青山東京法律事務所を開設。2018年、税理士登録。
現在、名古屋商科大学経営大学院(MBA)教授として企業再生論、経営戦略論を講義。数社の社外取締役、監査役も務める。