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Ⅴ 労働問題-業務命令違反

業務命令違反という重大な問題がある社員であっても、すぐに解雇してしまえば「不当解雇」といわれるリスクがありますので、解雇へと進めていくには慎重な手続きを踏む必要があります。

 

1.注意指導する

最初のステップは、注意指導です。

 

業務命令違反をする問題社員は、命令に従わないことをさほど重大な問題とはとらえていないおそれもあるので、業務命令に従わないことが問題であることを理解してもらわなければなりません。

 

業務命令違反がひどいときには、最終的には解雇となりますが、解雇を焦るべきではなく、まずは改善の方向に向かっての注意指導からはじめるのがポイントです。なかなか聞き入れてもらえないときでも、業務命令ないし注意指導にしたがって誠実に働いてもらえるよう、粘り強く説得を続けていかなければなりません。

 

ただ、うまく行かず最終的に解雇となる場合に備えて、業務命令についてはもちろん、注意指導もまた書面で行って証拠化しておくことが必要です。

 

2.始末書を書かせる

業務命令違反の問題性について納得してくれない社員には、始末書を書いてもらい、自分の行為の問題点を認識してもらいます。

 

始末書を拒否し、どうしても自身の問題点を認めようとしないときは、「始末書」ではなく「顛末書」を書かせるという代替案も検討します。「始末書」は、問題行為の経緯とともに反省・謝罪を意味しますが、「顛末書」は経緯の報告を意味しており、反省・謝罪という意味合いは含まれていないので、社員にも受け入れてもらいやすいからです。

 

3.軽度の懲戒処分・人事処分で改善をうながす

次の段階としては、軽度な懲戒処分、人事処分によって改善をうながします。

 

正式に「処分」し通知書を渡すといった形式を踏むことで、事の深刻さを理解してもらうのです。

 

ただし、務命令違反という問題行為の程度に応じた、必要性・相当性のある懲戒処分でなければ、無効と判断されるおそれがあるので、適切な対応が必要です。

 

4.合意退職を目指し、退職勧奨する

ここまで進めてきても、どうしても業務命令の重要性を理解しようとしない問題社員については、話し合いをし、社員に合意退職してもらえないかどうかを確認します。

 

合意退職に向けた働きかけを「退職勧奨」といいますが、退職条件について双方で合意すれば、円満な退職となります。労働者の意思に反して無理やり退職させてしまうと、違法な退職強要となるので、慎重に手続きを進める必要があります。

 

会社側からみると、合意退職は納得いかないかも知れませんが、社員から後日裁判で争われた時には、解雇の有効性を証明するには、相当な時間と費用が必要となるので、できれば合意退職で円満に退職してもらうことを心掛けるのが早道です。

 

5.普通解雇する

退職勧奨をしても社員が退職に応じてくれない場合には、解雇を検討せざるを得ません。解雇には、普通解雇と懲戒解雇の2種類があります。懲戒解雇のほうが、普通解雇よりも厳しい処分ですので、有効と認められるためのハードルが高くなります。

 

また、普通解雇では、30日前に解雇予告をするか、足りない日数分の平均賃金を「解雇予告手当」として支払う必要がありますが、懲戒解雇だと、重責解雇だとして、労働基準監督署の解雇予告除外認定を受けた上で、即日解雇することも可能です。

 

このように、普通解雇の方がリスクは小さいので、普通解雇を原則として考えることになります。

 

6.懲戒解雇する

業務命令違反について、就業規則で、懲戒解雇事由として定めている会社が多くあります。

 

懲戒解雇は、会社のとりうる手段のなかでも最も重く、社員に与える影響も大きいものなので、懲戒解雇をする前には、必ず弁明の機会を与え、社員の言い分を聞かなければなりません。弁明の機会なしに懲戒解雇とすると、労働者側から争われてしまったとき裁判所で不当解雇と判断される可能性が高まるので要注意です。

 

弁明の内容も踏まえて、懲戒解雇にすべき重大事案と判断できるときには、懲戒解雇としますが、懲戒解雇は、経歴に傷がつき、転職活動に悪影響となるリスクがあるなどの理由から、労働者側が争ってくる可能性が高くなります。懲戒解雇とするときには、事前に弁護士とよく相談し、アドバイスをもらっておいた方がいいと思います。

 

7.業務命令違反による解雇に関する裁判例

業務命令に従わない社員を解雇せざるを得ないときも、裁判例の判断基準を知っておけば、できるだけリスクを少なくして解雇を進めるのに役立ちますので、過去の裁判例を見ておきましょう。

 

(1)業務命令違反による解雇を有効と判断した裁判例

東京地裁平成30年11月29日判決

 

金融機関で働く期間の定めのない社員が、解雇の無効を争った事案。顧客情報を厳しく管理すべき金融機関の従業員でありながら、業務上の必要なく顧客情報にアクセスしたこと、配置転換や異動の命令にしたがわず、自分が会社を監視する権限を有しているなどの独自の見解に固執したこと、といった悪質な業務命令違反を認定して、解雇を有効なものと判断。

 

(2)業務命令違反による解雇を無効と判断した裁判例

東京地裁平成28年2月4日判決

 

労働者がプロジェクトから降りると発言したこと、顧客から委託された業務を独自の判断で断るような姿勢を示したことなどといった業務命令違反を理由にされた解雇について争われた。以上の解雇理由に対して、労働者側からは、いずれも要望や意見にすぎず、実際には業務命令にしたがっているという反論がされ、結果、解雇権濫用により、解雇は無効であると判断されました。この裁判例では、月90時間を超える残業が1年間続き、体調不良を訴えても改善されなかったという事情から、上記のような発言は「正当な業務負担軽減の要望」であると判断されたものと考えられます。

 

8.業務命令違反社員への損害賠償請求

会社は社員を業務命令によってコントロールして、組織として機能しているので、業務命令に従わない社員がいれば適切な成果を発揮できず、会社にとって損害が生じてしまうケースがありますので、その場合には損害賠償請求をすることが考えられます。

 

ただし、損害賠償請求を裁判所で認めてもらうためには、その業務命令違反が「不法行為」といえるほどの違法性があり、かつ、それによって会社に損害が生じていなければなりませんので、それなりに高いハードルがあります。

 

9.業務命令について会社側で注意すべきポイント

業務命令は適法なものでなければならないので、その点に注意が必要です。

 

(1)業務命令の違法性

・残業代(割増賃金)を払わないのに、残業をしなければこなせない仕事量を押し付ける業務命令

・長時間労働、過度のストレスにまったく配慮しない業務命令

・妊娠中の女性社員に負担となるマタハラ的な業務命令

 

ですので、業務命令違反という前に、もう一度、業務命令に違法性がないかどうかを慎重に検討する必要があります。

 

(2)業務命令権の濫用

会社には、雇用契約上の当然の権利として、業務命令権がありますが、どのように行使してもよいのではなく、不適切な権利行使は業務命令権の濫用となるので注意が必要です。

例えば、業務命令権の濫用となるケースには以下のものがあります。

 

・他の社員に比べて、不平等で、不公平な業務命令

・明らかに不必要な仕事をさせられる業務命令

・職種限定の合意をしている社員に対し、契約外の業務を押し付ける業務命令

・社員を自主的に辞めさせる目的で、嫌がらせを内容とする業務命令

・過剰なノルマ、経験の不足する困難な仕事を命じる業務命令

・キャリアや経験、能力に比して簡単な仕事を命じる業務命令

 

また、権利濫用の意図がなくても、社員から「その業務命令は権利濫用だ」と反論されることもあります。JR東日本(本荘保線区)事件(最高裁平成8年2月23日判決)では、就業規則の書き写しを命じた業務命令は、教育指導としても業務命令権の裁量を逸脱して違法であると判断されています。

 

業務命令違反への上司による注意指導が強くなり、暴言・暴力や人格否定をともなうものになったりすると、パワハラになってしまいますので、この点についても注意が必要です。

 

業務命令の適法性を保つためには、上司1人に注意指導、教育を任せきりにするのではなく、複数の人間で対応する、会社全体として対応していくことが必要になるものと思います。

監修者

植田統

植田 統

1981年、東京大学法学部卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。
ダートマス大学MBAコース留学後、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンで経営戦略コンサルティングを担当。
野村アセットマネジメントで資産運用業務を経験し、投資信託協会で専門委員会委員長を歴任。
レクシスネクシス・ジャパン株式会社の社長を務め、経営計画立案・実行、人材マネジメント、取引先開拓を行う。
アリックスパートナーズでライブドア、JAL等の再生案件、一部上場企業の粉飾決算事件等を担当。
2010年弁護士登録後、南青山M's法律会計事務所に参画。2014年に青山東京法律事務所を開設。2018年、税理士登録。
現在、名古屋商科大学経営大学院(MBA)教授として企業再生論、経営戦略論を講義。数社の社外取締役、監査役も務める。

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